ロシアのオペラ作品は、チャイコフスキーのように貴族階級の人間模様を華やかに描いたものばかりではない。
今回は、ソ連時代の作曲家のオペラ作品を紹介する。
ソ連時代のオペラ事情
- ソ連時代と作曲家
ソ連時代は、作曲家たちにとって大変厳しい時代であった。
スターリンの社会主義体制のもとで芸術は党に追従させられたため、作曲家は権力と表現の板挟みに
苦しみながらも地道に作曲活動を続けた。 - 社会主義レアリズム
スターリン体制下では、現実や形式主義を重んじる「社会主義レアリズム」が公式の美学規範とされた。
芸術作品がこの規範に反するとみなされた場合、容赦なく糾弾された。
『ムツェンスク郡のマクベス夫人』 ドミトリー・ショスタコーヴィチ
※画像は https://www.mariinsky.ru/en/playbill/playbill/2019/1/22/1_1900 より引用
概要
1932年、ショスタコーヴィチが26歳の時に完成させたオペラ。19世紀の作家ニコライ・レスコフの小説
『ムツェンスク郡のマクベス夫人』が原作である。
主人公カテリーナが下男セルゲイとの浮気に夢中になった挙句、義理の父親を殺害する。二人は、シベリアへ流刑となるが、そこでセルゲイは他の女囚ソネートカと恋に落ち、カテリーナは捨てられる。絶望したカテリーナは
ソネートカを道連れに湖に身を投げる。
前代未聞のオペラ作品
このオペラには露骨な性描写や卑俗な表現が含まれていたため、スターリンの顰蹙を買った。プラウダ紙には
「音楽の代わりに荒唐無稽」との文句による批判が掲載され、オペラの上演は禁止された。
スターリンの死後、1963年にこのオペラの上演許可が出たため、『ムツェンスク郡のマクベス夫人』の問題ある
箇所を改定した『カテリーナ・イズマイロヴァ』が上演されることとなった。
『鼻』ドミトリー・ショスタコーヴィチ
※画像は https://www.mariinsky.ru/en/playbill/repertoire/opera/nose より引用
概要
ショスタコーヴィチの初めてのオペラ作品。有名なゴーゴリの小説『鼻』をオペラ化したものだ。
八等官のコワリョフはある日突然自身の鼻がなくなっていることに気づく。そして、街で偶然自分の鼻が自分より位の高い役人として振る舞っているのに遭遇し、困惑するとともに自身の哀れさを嘆く。
超現実的なテーマで不合理性を描くことによって、世の中や創作活動への風刺を込めている。
登場人物「鼻」をどう表現するか?
ゴーゴリの小説で起こった不可解な出来事が、どのようにオペラ作品として表現されているかが見どころだ。
演出家によって、この表現に違いがみられる。
まず、「鼻」の見た目についても、大きな鼻の被り物をしている場合、普通に役者が演じている場合、
白い布袋に入って鼻を表現している場合など、実に様々である。
また、鼻が消える、鼻がもとに戻る、といった不可解で(ある意味)抽象的な出来事を、どのように象徴的に
可視化しているかという点も非常に面白い。
『3つのオレンジへの恋』セルゲイ・プロコフィエフ
※画像は https://www.mariinsky-theatre.com/performance/mar_love_3_oranges/ より引用
概要
イタリア人のカルロ・ゴッツィの寓話劇『三つのオレンジへの恋のおとぎ話』を、1921年にプロコフィエフが
オペラ化したもの。
うつ病になった王子を笑わせるために王宮で宴会が催されるが、そこで王子は邪悪な魔女が転んだのを見て
笑ってしまう。怒った魔女は、王子に「3つのオレンジに恋をする」呪いをかける。王子と道化師が3つのオレンジ
を手に入れる旅に出て、話が展開してゆく。
プロコフィエフの作曲活動
自由な創作環境を求めたプロコフィエフは、ソヴィエト政権から逃れるために、1918年に日本を経由してアメリカへ亡命した。このオペラはアメリカ亡命中の1919年から20年にかけて作曲されたもので、1921年にシカゴで初演が行われた。ロシアでもレニングラードにて1926年に上演された。
『戦争と平和』セルゲイ・プロコフィエフ
※画像は https://www.mariinsky.ru/en/playbill/repertoire/opera/war_and_peace より引用
概要
言わずと知れたトルストイの名作である長編小説『戦争と平和』が原作だ。
トルストイの原作では1805年から1813年がカバーされているが、オペラでは1809年から1812年の、ナターシャと
アンドレイの二人が出会ってから再会までが話の軸になっている。
2つの戦争
プロコフィエフがこのオペラの作曲を始めた1941年は、第二次世界大戦の独ソ戦が始まった年でもある。オペラ『戦争と平和』の第2部では主要テーマとしてナポレオン戦争が描かれている。プロコフィエフはこの2つの戦争を重ね合わせながら作曲活動を行っていたのかもしれない。
まとめ
古典的で形式的なクラシック作品に飽きてしまったという人にはぜひ、ソ連作曲家のオペラ作品を鑑賞して
新鮮さを味わってみてほしい。
https://azubuka-russia.com/anything-about-russia/983
https://azubuka-russia.com/travel/1358
著者:田中真奈美